デヴィ夫人は、インドネシアの元大統領スカルノ氏の妻として知られる、テレビでおなじみの大御所タレントですね♪
元大統領夫人としての品格と自信に満ちた発言や見た目の華やかさが魅力的ですし、80代を超えても活発に活動されていて年齢を感じさせません。
いつもテレビなどで見ていて、ズバッとした発言も痛快で大好きなタレントさんの一人です。
デヴィ夫人の独特な魅力や華やかな見た目や経歴をみると、出身や家系に関する情報も気になるところですよね。
「デヴィ夫人はクォーターなの?」こんな疑問を持っている方、実は多いのではないでしょうか。
クォーター説などもありますが果たして本当なのか?気になるデヴィ夫人の素顔を一緒に探っていきましょう!
こちらの記事では「デヴィ夫人はクォーター?家系図・本名・国籍・若い頃を徹底解説!」と題してまとめていきます。
・デヴィ夫人はクォーター?ハーフではないの?
・デヴィ夫人の国籍とルーツは?
・デヴィ夫人の家系図!父親・母親の出身や血筋とは?
・デヴィ夫人のプロフィール!本名・若い頃・経歴を紹介
デヴィ夫人はクォーター?ハーフではないの?
デヴィ夫人はクォーターでもハーフでもなく純日本人です。
デヴィ夫人はクォーターではなく、純日本人です。
つまり、ハーフでもクォーターでもありません。
デヴィ夫人が自分で純日本人であると発言や発信した具体的な情報は見つかりませんでしたが、テレビなどで知る生い立ちや経歴から純粋な日本人であることがわかります!
2018年放送のNHK番組「ファミリーヒストリー:デヴィ夫人〜運命の関ヶ原 クーデターでの決断〜」では、ご両親の写真が公開されており、デヴィ夫人自身のブログでも先祖について言及されています。
このように、デヴィ夫人は生まれも育ちも日本であることがわかります!
ハーフやクォーターと勘違いされることが多いのは、デヴィ夫人のハッキリとした顔立ちやインドネシアの元大統領夫人という経歴によるものかもしれませんね。
デヴィ夫人の国籍とルーツは?
デヴィ夫人は現在インドネシア国籍です。
デヴィ夫人は、生まれは日本で、もともとは日本国籍を持っていました。
そして、22歳のときにインドネシアのスカルノ元大統領と結婚したことで、インドネシア国籍を取得しています!
日本では二重国籍が認められていないため、結婚によって日本国籍は失うことになったのですね。
デヴィ夫人は現在もインドネシア国籍ですが、2025年2月12日の記者会見で今夏の参議院選挙への立候補をするために、日本国籍の再取得を申請中であることを明かしています!!
デヴィ夫人の行動力には脱帽するとともに、勇気をもらえますね。
このように、デヴィ夫人のルーツは純日本人で日本国籍ですが、結婚によりインドネシア国籍となり、現在の国籍はインドネシアということになります。
デヴィ夫人の家系図!父親・母親の出身や血筋とは?
デヴィ夫人の父親は茨城県出身、母親は千葉県出身です。
2018年に放送されたNHKのドキュメンタリー番組「ファミリーヒストリー:デヴィ夫人〜運命の関ヶ原 クーデターでの決断〜」でデヴィ夫人のルーツが調査されていました。
家族構成 | 名前 | 出身地 | 祖先 |
---|---|---|---|
父親 | 根本 兵三郎 | 茨城県 | 祖先は茨城の武士で、のちに漁師に転身 |
母親 | 笠原 政子 | 千葉県 | 実家は大地主、祖父は村議会議員 |
デヴィ夫人の父親兵三郎さんについては、父方の祖先である曽祖父・兵吉が茨城県の有力な武士・根本氏で根本城を拠点にしていましたが関ヶ原の戦いの後、漁師になったことがわかっています。
デヴィ夫人の母親政子さんの実家の笠原家は、千葉県睦沢町の大地主で祖父・房治さんは村議会議員を勤めていました。
母親の政子さんは、裁縫の仕事で生計をたてていて、40歳で仕事を求め東京の麻布でチャイナドレスの縫製の仕事に就き、のちにデヴィ夫人の父親兵三郎さんと出会っています。
このように、デヴィ夫人の父親は茨城県出身、母親は千葉県出身ですが、各々の事情により東京で出会い、結婚してデヴィ夫人を授かりました。
当時は太平洋戦争が勃発したり空襲があったり命がけの壮絶な時代を生き抜いていたことが想像できますね。
そのような時代とともにデヴィ夫人の強さが培われたのではないでしょうか。
デヴィ夫人のプロフィール!本名・若い頃・経歴を紹介
デヴィ夫人の本名は根本七保子!若い頃も経歴も華やか!
デヴィ夫人のプロフィール | |
---|---|
本名 | 根本 七保子(ねもと なおこ) |
生年月日 | 1940年2月6日 |
出身地 | 東京都港区 |
デヴィ夫人の経歴についてみていきましょう。
- 中学卒業後、定時制高校と生命保険会社を両立
- 父親の他界により高校を中退
- 家計を支えるため赤坂の高級クラブ「コパカバーナ」でホステスとして働く
- 知性と美貌を兼ね備え、スカルノ大統領と出会う
- 22歳で正式に第三夫人となり、国際舞台へ
デヴィ夫人が生まれた1940年は太平洋戦争真っただ中です。
実家が借金を抱えていたこともあり、中学卒業後は定時制高校に入学すると同時に生命保険会社に入社しています。
高校の勉強もしながら社会人として仕事もしていますので、頭が良くて聡明なことがわかりますね。
父親の他界により高校を中退。
家計をささえるために赤坂の有名高級クラブ「コパカバーナ」のホステスになりました。
兼ね備えていた知性と美貌で注目を集めている様子が想像できますよね。
運命が大きく変わったのは、インドネシア初代大統領スカルノ氏との出会い。
22歳のときに正式な夫人となり、華やかな国際舞台へと進みます♪
- 1962年:インドネシア初代大統領スカルノ氏と結婚し、第三夫人となる
- 1967年:スカルノ政権崩壊後、フランス・スイスなどで生活
- 1980年代:日本でタレント活動を開始
- 現在:テレビ出演や執筆活動のほか、SNSでも精力的に発信
波乱万丈な人生を歩みながらも、知性と気品を兼ね備えた国際的な人物として活躍し続けています。
まとめ
こちらの記事では「デヴィ夫人はクォーター?家系図・本名・国籍・若い頃を徹底解説!」と題してまとめてみました。
- デヴィ夫人はクォーターでもハーフでもなく純日本人です。
- デヴィ夫人は現在インドネシア国籍です。
- デヴィ夫人の父親は茨城県出身、母親は千葉県出身です。
- デヴィ夫人の本名は根本七保子!若い頃も経歴も華やか!
デヴィ夫人は、波乱万丈な人生を歩みながらも、その強さと気品でみんなを魅了し続けていますね。
このように知っていくと、若い頃からの努力と経験が、今のデヴィ夫人を形作っていることがわかりました。
これからもデヴィ夫人の活動に注目していきたいと思います!!
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